退院した後は、おばの家の地下に数部屋ゲストルームがあるのでそこの一部屋にお世話になった。体が痛くて首も回らないし、車の運転は不可能なので退院した日は1日安静にしておばと話したり、大きな庭に出てぼーっと色んな事を考えたりした。

おばは、この先どうするの?考えたことある?と聞くので、分からない。今は全然分からないと答えた。
本当に、どうしていいのか分からなかったから。

着替えも何も無いので翌日家に連れて行って欲しいとおばにお願いした。

車で連れて行ってくれて、まず家の状況を見て唖然とした。

リビングの窓ガラス2枚は2枚に上下になっているが2枚とも粉々。泥棒さん、どうそ入って下さい状態で中からベットシーツを張られていた。キッチンの小窓も粉々。もちろん、ブランドも木製だったけどそれも粉々・・・。
そして、ガレージも穴が数発空いていて、地下室のファミリールームの窓も粉々。庭のお隣と反対側の一軒家の境に使っていた白いプラスチックのフェンスも1枚バリバリになっていて丸見え。

これじゃ、誰か入って住まれちゃう!!! でも、何よりも酷かったのが、カイエンペッパーの玉を打ち込まれた後。一歩入ると目がしみて涙が出てきて更にくしゃみ・咳が出るくらい。

全ての物を洗うか吸引しないととてもじゃないけど住める状態じゃない。今は一旦荷物を取って、財布や大事なものを全て持ってまたおばの家に戻った。

その私の私物さえもペッパーまみれ・・拭いたり洗ったりした。


おばの家では、擁護人のおまわりさんのリサに貰った書類をもう一度読み、この先どうすればいいのか等をおばに聞いた。まず、私がはじめにした事は、Protective OrderをLegal service aidに行って取った。


これはリサに進められた物でおばもやりなさいと言っていた物。その時は、え?そこまでした方がいいのかな?
Jailにいるなら当分は出てこないんでしょ? と思っていたが、流れるままにおばの車に乗せられて行った。 おばが、途端場になって、本当にやっていいの?自分で決める事だけど、どうする?と・・・・


凄く悩んだけど、やった。 今は、本当に心のそこからやっておいて良かったと思った。


Legal Service Aidは裁判所のある部屋にある、そこに行くと何人もこのオーダーを取る人たちが待っていた。おばとおばあちゃんもその時にいて3人で待合室で待った。その時に、時間がかかるから私が終わったらまた迎えに来てもらってもいいよと言ったが、大丈夫よ。と言われて、受付の人と世間話してた。この女性は、もと薬の常習者で助けを求めて更正してこの仕事を得た立派な成功者。彼女と話してて、おばが、ニュースにもなったと話したら直ぐにネットで探してくれてこれなら、判事も直ぐに許可おろすわよ。他の人たちは凄く時間がかかるけど、立派な証明で危険性が高いからと言われた。


私の番がやってきて、個室に通されて、何があったかを、また同じ話をした。それを女性が物凄いスピードでタイプしていく。一通りの事を聞かれて、プリントされた物をチェックして今度は別室へ行き窓ガラス越しに右手を上げて、うそ偽りの無い内容を誓いますか?と言われて、Yesと答えてサインをもらい、また元の待合室へ戻った。そこで、これから判事のサインを貰い行きますが時間が掛かると思いますので戻ってきますか待ちますか?といわれた時に、受付の女性が、ネットの事を口ぞえしてくれた。すると、これなら今直ぐに言ってこれますからちょっと待ってて下さいね。5分も経たないうちに判事の許可が下りた。

そして、後日、正式な物にするために、州の裁判所へ行く事になります、効力は今この時点でありますが書類上はまだですといわれた。


後日、封筒で裁判所へ来るように手紙が来た。


おばの家で4日間お世話になり、おやじが車がジャッキが上がったままの状態だった(事件の時から)のをオイルチェンジもしてくれて、車を使える状態にしてくれていたのを知り、おばの家を出た。

あの、窓ガラスが割れてシーツで覆われてるだけの物騒な家に帰る事にした。

おばはいい人だけど、自分自身が落ち着かなかった。基本的に人の家に泊まるのがあまり好きではない。例え1泊でも、正直自分の家で寝たい。

月曜日に接近禁止令を申請して、翌々日には、車を使える状態になっていたので、回らない首と体中の痛みも少しは引いていたので、運転も無理してやった。

まず、やらなくてはいけなかったのが、肺炎の時の病院代が安くなるファイナンシャルプログラムに申し込むことで前回のお金が戻ってくる。書類を揃えていたので後は出すだけだった。これを出しに病院に行って、収入が低いと安くなる物で私の場合は通った。のちに、今回の入院した際の総額もこのプログラムのおかげで相当割引になっていた。偶然同じ系列の病院だったのもあった。

その後、直ぐにママとおやじの家にカービーを引き取りに行った。ママにはこの時にはじめてあった。

今思うと、帰ってきて直ぐにおばの家に会いに来るかなって思ったけど来なかった。この時私が出向いてやっと会った感じ。 
なぜか分からないけど、会った時にママは笑顔だった・・・。そして、ハグして、私も今思うと自分でも分からないが、謝っていた。Japaneseだ・・・。爆 

「ごめんなさい、彼をJailにいれるような事をして。こんな大騒ぎをしてしまって」って。 本当に、どうかしてた。私が謝ってどうすんだよ!!爆

そして、ママは「いいのよ。これは全部彼の責任・彼の選択なの。あなたは全然悪くない」と。

その後おやじとママと一緒に食事に出かけた。

おやじ「彼が何でこんな事をしたのか全く理解が出来ない」
ママ「私も分からない。あんなにいい子なのに。でも、もう私の中では限界。彼を助ける事はしないわ。私にこんな恥をかけるなんて。」

日々の事も話していたはず・・・。自分の子供をあんなにいい子なのに、とにかく誉めるのがアメリカ。
ま~分かるけど、彼らもおかしいと思っていなかったのだろうか?ママの家族は全員旦那がおかしくなってる事を
気がついていた(後から聞いた)。

そして、他の日には、おやじに「お前さんは、Bailを延期する気か?」と聞かれたが、英語の単語の意味が分からなかった。どういう意味と言うと、ちょっとイラだった声で、普通はJailに入るとお金を払って出て来ることが出来るだろう?それを延期するのか?って事だ。と、言われて、保釈金の事か・・・。保釈金を払えば出てこれる・・・。一瞬ドキッとした。そんな事も出来るんだ。なんと答えていいのかも分からなかった。

分からないとその時は答えた。後でママが「ごめんなさいね。あんなデリカシーの無い質問してるのが信じられない。もし、延期したかったらしていいのよ。」と言われた。何も答えなかった。


あの家に戻る前の日にママとおやじが掃除を手伝ってくれた。
動くとカイエンペッパーが舞って涙が出る、ティッシュで目を拭けばティッシュ一枚一枚に粒子がついていて余計に赤くなりいたくて涙がでた。全てにおいて全部が粒子に覆われていた。鉛筆一本にも、洗えるものは全部、食器・服・靴・クッション・ソファー等。ふけるものも全部。

ママとおやじも息子のした事で落ち込んでいるし疲労が見えたので、後は私が自分でやるからと帰した。

そして、窓とブラインドとフェンスはおやじが手配して時間が掛かったが直してくれた。もちろん、$$$$$$も、払ってくれた。

私には払う能力が無いから、はじめから当てにはしていなかった。このまま冬になって雪が降ったらダンボールでも張ればいいやとか、フェンスも何かベニヤ板があるからそれを継ぎ足して立ててカービーを庭で逃げないように放せればいいや、ブラインドなんてカーテン画鋲でくっつけておけばいいやと思っていたから。


家に戻った日、夜になり、この階段だ・・・このオフィスで・・・とか考えた。身震いがした。それでも、ここに帰ってきたかった。なぜなら、他に行く場所が無いから。

ここから、今も続く複雑な被害者と加害者の家族との付き合いがはじまった。

どやって付き合っていく事になるんだろうか?






続く・・・












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2013.11.22 Fri l 旦那 l コメント (2) トラックバック (0) l top

コメント

Re: タイトルなし
海さん

シェルター考えたけど、カービーをどうしても置いて行くことは出来なくて
いる場所はここしかなかったかな。
接近禁止令をとってたとは言え、怖かったけどね。
2015.07.06 Mon l Utahスージー. URL l 編集
その家にいるしかなかったの?
前に医師か警官が助言してくれたシェルターに行くのが正解だったと思うんだけど、この状況と状態では考える余裕もないし、しかたなかったのかな、、
2015.07.02 Thu l 海. URL l 編集

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